こんばんは。
“ちびぼうず”です。
本日4月7日は妻の誕生日でした。
結婚から13年が経ちました。当初はどうなるかと思いましたが、なんだかんだ仲良くやっているわけです。
思い返せば私が大学3年生の頃、私のアルバイト先で出会いました。
当時の私は相当に怠惰な生活を送っていました。昼間はパチンコ、夜は明け方まで麻雀、授業にはほとんど出席せず、3年時の取得単位は60単位前後だったと思います。卒業単位が124単位だったので、大学生活の3/4を経過する中で、取得した単位は半分に満たなかったのです。ん~我ながらチャレンジャーですね。
当時の私は留年してもいいかなと勝手に思っていました。ましてや就職活動なんて現実として捉えられず、都市伝説だと思っていました。とりあえず、パチンコ屋にでも就職すればいいかなとも思っていました。
まぁ、大学にまで通わせてもらっている両親には非常に失礼な発想ですよね^^;
さて、彼女(現妻)の指導により怠惰な生活が劇的に改められていくのですが、その豹変ぶりが今考えても可笑しいです。先ずはギャンブルを減らしていき、毎朝定刻に起床して授業にも出席するようになりました。そしてひょんなことから公務員を目指すことになります。既に親のすねをかじり倒していたのですが、ダブルスクールに通わせてほしいと両親に直訴して、大学授業後に新宿や水道橋まで公務員試験講座に通う生活が始まりました。
ただし、180度生活を変えることは簡単ではないわけで、サボりたい感情と葛藤していました。実際、就職浪人して1年間公務員試験の準備をしてもいいかなと、逃げの考えに陥っていました。
転機となったのは、付き合い始めて1年程度が過ぎたタイミングでの“授かり婚”でした。正直、予期していなかったので、震えましたね。いきなり2人の人生を背負わなければいけない立場になったわけですから。
そこからは本気(マジ)で人生を考えるようになりました。そのような姿を見てくれていたのか、双方の両親の支えもあり、公務員試験の勉強に集中することができました。
多分、今考えても、人生で一番勉強していた時期だと思います。休みの日は朝から晩まで大学の図書館にいました。平日も、授業やアルバイトの合間を見て勉強していました。ちなみに公務員試験勉強はすごく面白かったです。裁判の判例とかはストーリー性もあり、憶えるのはめちゃくちゃ楽しかったです。
結果として、近隣の市役所や東京都特別区の筆記試験には問題なく合格したのですが、いずれも面接で落とされてしまい、公務員になる夢は絶たれてしまいました。
それでも並行して就職活動を行っていた先で内定をもらえたので、首の皮1枚で3人の人生がつながりました。
さて、就職先は決まったのですが、そこからまた大変でした。大学の単位を、1年間で60単位以上取らなえればならなかったのですから。授業には一番前の席で出席しましたし、単位が取れるようにしっかり授業に参加しました。
しかし、万が一、単位が足らなかった場合には就職内定も取り消され、家族の人生も暗転してしまうわけです。そこで私は、盤石の態勢を整えるべく、各授業の先生方と仲良くなる戦法をとりました。そして頃合いを見計らって、単位が必要な理由で拝み倒しました。卑怯ですよね。でもそれだけ追い詰められていたのです。笑
そんなこんなで大学生活での紆余曲折を経て、卒業し、就職を果たし、現在に至るわけです。なお、未だに単位がもらえずに路頭に迷う“夢”を見て飛び起きることがあります。10年以上も前の出来事なのに、大変だった記憶が細胞にまで刷り込まれているということですね。苦笑
つまるところ、堕落した生活から引き上げてくれた妻には足を向けて寝られないわけです。
妻の誕生日に戻りますが、妻から誕生日プレゼントは不要と言われていましたし、彼女の性格からして本心で言っていることは分かっていました。しかし何かしてあげたいと思い、こっそり玄関の棚にバラの花を飾っておきました。多分、彼女は花に気づいていないでしょうが、自己満足でいいと思っています。
なんとなく、妻との出会いを振り返ってみたくなった彼女の誕生日でした。